海洋大循環(熱塩循環)は地球規模で起きている深海の巨大な海水の流れのことです。海水といっても場所によって密度や温度など性質が違います。このうち、主に密度は塩分濃度で決まります。そして冷たい海水と塩分濃度の高い海水は重く、暖かい海水と塩分濃度の低い海水は軽いです。このような重さの違いと風の力、潮汐による摩擦熱によって海洋大循環の海水は海中で沈み込んだり、上昇したりしながら世界の海を巡っています。そうして熱を運んで地球の気候を安定させています。
具体的には、まずメキシコ湾流など暖かく塩分濃度の高い南大西洋の海水が極地に熱を運び、放出します。冷たくなった海水はグリーンランド付近で、極地の冷たい海水を道連れに深海に沈み込みます。また同時にメキシコ湾流など暖かい南大西洋の海水を引きずり寄せます。一方、沈みこんだ海水はゆっくりと深海を南下し、南極海に到達します。すると今度は南極海を東に向かって流れていきます。その途中でインド洋に向かい上昇する流れと直進するに分岐します。直進した流れはオーストラリアの東から北上しはじめ、日本の東を通過していきます。そして深海を進むうちに周りの海水に塩分を奪われ軽くなり、ベーリング海峡の南で上昇します。その海水は南下しハワイ付近から西へ向かいます。その後、インドネシアを通過し、インド洋で上昇流と合流。さらに西へいき、大西洋を北上し、グリーンランドへ向かいます。
海洋大循環は簡単にいうと、赤道付近の熱を極地域に運び、赤道付近が暑くなり過ぎたり、極地域が寒くなり過ぎるのを防いでいます。特にヨーロッパの気候は海洋大循環によって支えられています。例えばノルウェーは海洋大循環によって北に行くほど暖かくなっています。首都のオスロは12月の平均気温が-5.8℃という寒さです。しかし北にある北極圏の港町ナルビクの12月の平均気温は-1〜-2℃ほど。これは近くをグリーンランド付近に沈み込む前の暖かい海流が通過しているためです。さらに海洋大循環はモンスーンと呼ばれる風を暖め、ヨーロッパ内陸部やアメリカ、中国なども温暖な住みやすい気候にしています。
海洋大循環では塩分濃度が重要な役割を担っています。北極の氷が融けるなどして海に大量の淡水が流入すると塩分濃度が低下します。すると海洋大循環は流れが弱まったり、停止する可能性があります。
海洋大循環が停止すると、ヨーロッパは一気に寒冷化、さらには乾燥状態になります。上記のノルウェーなど北欧は寒冷化するうえ、年間降水量が30%程度にまで落ちます。ヨーロッパは最悪の場合、平均気温が6℃まで下がり、農業が大打撃を受けます。またモンスーンに熱と水分が供給されなくなり、北米、アフリカ、アジアも寒冷化と乾燥が進みます。例えば中国は寒冷化するうえ、降水量が不安定になります。すると干ばつが起き、農業が大打撃を受けます。さらに干ばつに見舞われた地域を豪雨が襲うと、壊滅的な洪水が発生します。当然大量の穀物を輸入している日本も大きな影響を受けます。こうして海洋大循環の停止は数十億人の生活を脅かすことになります。
もうすでに海洋大循環は過去50年で30%弱まっています。原因は塩分濃度の低下です。北大西洋では塩分濃度がここ40年間下がりつづけています。塩分濃度の低下は北極海のある地点では10年ほどで約3%から2%に、北大西洋では20世紀後半で0.2%減となっています。このままでは2200年には停止するともいわれています。一度、停止すれば暖かい南大西洋の海水が北上してくるまで再駆動しません。
海洋大循環の停止は過去に起きた事があります。1万3000年前、氷河期が終わり気温が上昇していました。しかしそのせいで北極のアガシー湖の大量の淡水が海へ流出しました。それまではメキシコ湾に注いでいたのですが、氷が融け、北大西洋へ流れ込むようになったのです。海に流れ込んだ淡水は塩分濃度を低下させ、海洋大循環を停止させました。その後グリーンランドの気温が100年で6℃低下、イギリスの年平均気温が約-5℃になるなど、急速な寒冷化が起きました。この寒冷化していた期間はヤンガードゥリアス期と呼ばれています。そしてこのヤンガードリアス期は1300年間つづき、しかも終了時にはグリーンランドで平均気温が50年で7℃上昇という急速な温暖化がおきています。最近、カナダのエルズミーア島で巨大な棚氷が崩壊し、せき止められていた淡水湖の水が海へ流出しました。現在、温暖化していると騒がれている地球ですが、その影で海洋大循環停止による寒冷化へも向かっているのかもしれません。(ちなみにヤンガードリアス期の開始時や終了時のような急速な気温変化を"気候ジャンプ"といいます。)
参考(Wikipedia)