ここで氷とは極地の氷河や棚氷(海面に張り出した氷)、永久凍土を指しています。これらの氷は物質としての性質は普通の氷と同じで、特別なものではありません。それでも地球温暖化に様々な影響を与えています。
まず海面を氷が覆っていると海中の二酸化炭素が漏れ出すのを防ぐフタになります。またそのフタ自体にも温室効果ガスが封じ込められています。水が氷になるときに空気ごと二酸化炭素も中に閉じ込めるからです。また白い氷は太陽光をよく反射し、海より熱を吸収しにくいです。地上の氷も同じように地面が熱を吸収するのを防ぎます。
さらにシベリアなどの永久凍土には二酸化炭素やメタンなどの形で大量の炭素が封じ込められています。例えば、シベリアとアラスカには合わせて2500平方kmの泥炭地帯があります。ここは今までは炭素を吸収していましたが、最近は温暖化による融解で放出に転じています。産業革命時の二酸化炭素濃度は280ppmでしたが、最後の氷河期が終わった頃は200ppmでした。この差は上記のような氷のバリアの機能による可能性が高いです。
このように太陽光を反射したり、炭素を封じ込めて温暖化を抑制していた氷のバリア。その機能が働かなくなることで、温暖化による被害に思える氷の減少が温暖化の原因となりつつあるのです。
上記のように氷は温暖化の原因を封じ込めるバリアとなっています。しかし今、温暖化によってこのバリアは崩れつつあります。
北極の氷はここ30年で年3%ずつ減少しています。しかもここ10年に限ると倍の年6%の減少となっています。また北極圏全体でも1978年〜2000年に平均10年で7.7%減少しました。2007年夏には"30年後にはここまで縮小するだろう"という予測の"ここまで"まで氷が縮小しました。特に9月には413万平方kmと2005年より117万平方km減少。これは日本の面積の3倍以上に相当します。このままでは北極の氷は2040年の夏に一時完全に消滅するといわれています。また冬の氷の面積も2100年には今の10%まで落ち込むという予測もあります。もし北極の氷が消滅すれば同時にホッキョクグマやここを繁殖地にしている渡り鳥も姿を消すことになるかもしれません。
ただ、北極の氷の消滅をビジネスチャンスと思っている人々もいます。北極の氷が減少し、船が航行しやすくなります。これは、海運業者にとって有利に働きます。またロシアは北極に眠る膨大な資源を狙い、海洋探査をしています。自国の沿岸から大陸棚(沿岸から緩やかに深海底へ続いている地形)が続いている所まで独占的な採掘権を主張できるからです。もうすでにロシアは北極点の真下の海底にチタン製の国旗を立てて採掘権を主張しだしています。これに対抗し、カナダは北極海周辺2箇所に軍事施設の建設を計画(北部ヌナブット準州のコーンウォリス島に100人規模の訓練施設、バフィン島に官民共用の港湾)、デンマークとアメリカも調査団を送り込みました。未発見の資源の25%が眠っているともいわれる北極周辺では今後さらに資源争奪戦が激化しそうです。ただその結果、小さな漁村が資源採掘や海運の基地として発展し、巨大港湾都市になるなど、恩恵を受ける町もありそうです。実際にノルウェーでは沖合いに3000人の労働者を抱えるガスプラントが建設されたため、デパートの進出や不動産の入居が殺到している町があります。北極の資源開発は、温暖化→氷減少→資源の開発増→資源の使用増→温暖化加速、
という負の連鎖を起こしますので、何らかの規制が必要と思われます。
北極海のようにグリーンランドでも氷床や氷河が消えつつあります。ACIA(北極圏気候影響評価)によると夏に融ける氷床の面積は2002年では1979年より16%増加しました。もし平均気温が1.5℃上がれば全域で融解が始まります。この16%増加はその序章ですらないかもしれません。
一方、南極では場所によって氷が成長したり後退したりしています。2005年のイギリスの調査ではここ50年で南極の南極半島の87%の領域で後退が確認されました。平均後退速度は年50mです。また300万立方kmの氷がある西南極氷床も危険な状態にあります。現在、海面は年2mmのペースで上昇しています。その10%が西南極氷床の融解によるものです。
また氷が存在するのは極地だけではありません。ヒマラヤなどの山岳地帯にも永久凍土や氷河が存在しています。ここでも後退が進んでいて、1961〜1990年の間に地球全体で、6000〜8000平方kmの
氷河が消えています。IPCCの第2次評価報告(1996年)では山岳氷河は地球全体で、2050年までに25%、2100年までに50%が消滅するとう予測がされています。もちろん、山岳氷河も太陽光をよく反射しています。これが消滅することで山岳の土が吸収する熱が増加し、さらに氷河の減少と温暖化が進みます。
すでにヨーロッパのアルプスなどの山岳地帯ではスキー場の運営が困難になっている所もあります。このような所では夏にハイキングコースをオープンするなどして温暖化に対抗しています。
ただ温暖化で氷は減少するだけ一方ではありません。それは雪に関係しています。温暖化によって地球全体の積雪面積もこのように減少しています。しかし極地の一部では雪によって温暖化で氷が成長したり、海面上昇にブレーキがかかるというメカニズムが働いています。温暖化で気温が上がると海水の蒸発が活発になり、極地に流入する水蒸気が増加します。これによって、極地の降雪量も増加します。降った雪や凍結して出来た氷ははすぐには海に戻らないため、陸上の雪と氷は増加、海面上昇も抑えられます。また温暖化で海を覆う氷が減少すれば、大気に触れる海水の面積が増加します。これによって、さらに蒸発が活発になり、このメカニズムは強く働くようになります。
正のフィードバックとは加速度的に何らかの反応や作用が進むことです。簡単に言えばあることが起きれば起きるほど、さらにあることが進行するとも言えます。温暖化問題では様々な形でこの正のフィードバックが働きます。つまり、温暖化が進むとさらに温暖化が進みやすくなる、またはある被害がさらなる被害の深刻化を招く、ということです。
温暖化の正のフィードバックとしてはメタンハイドレートがあります。温暖化でメタンハイドレートで崩壊すると温室効果ガスのメタンが放出され、温暖化が加速。それによって別の場所のメタンハイドレートが崩壊し、また温暖化と新たなメタンハイドレート崩壊が進行します。これと同じことは永久凍土や極地域の泥炭地帯にもいえます。
正のフィードバックは、氷のバリアの崩壊についても氷が融けることで、氷より熱を吸収する海や地面が露出し、さらに氷が融けやすくなる、という形で働いています。このような正のフィードバックによって極地の気温上昇は過去30年で地球平均の2倍となっています。同じようにヒマラヤもアジアの中で温暖化が進みやすくなっています。
さらに南極海では南極オキアミの減少が懸念されていますが、これも正のフィードバックになる可能性があります。南極オキアミの減少原因は人間の乱獲と天敵から隠れられる氷の減少です。南極オキアミは昼間は水深30m〜100mにいて、夜間に浮上して植物プランクトンを食べます。そしてその後、植物プランクトンが吸収していた二酸化炭素ごと潜水してきます。南極オキアミが減少すれば、浅い海から深い海へ運ばれる二酸化炭素も減少します。すると海は空気中から二酸化炭素を吸収しにくくなり、温暖化が加速します。つまり、氷の減少と乱獲でオキアミ減少→海の炭素吸収量が落ち、温暖化が加速→氷の減少加速→オキアミの減少加速、ということです。
逆の負のフィードバックというのもあります。これは、あることが起きれば起きるほど、あることの進行にブレーキがかかるということです。上記で紹介した温暖化で氷が融けると海水の蒸発が活発化。その結果、極地の降雪量が増加し、氷が成長するということは負のフィードバックといえます。
温暖化で崩壊する地域もありますが、今世紀中は負のフィードバックによって南極全体としては氷の量は増加すると予測されています。
極地では正のフィードバックと負のフィードバックが闘っています。遅くても人類は負のフィードバックが勝っているうちに温暖化を止めなければなりません。雪による負のフィードバックは極地方で雪が降らなければ機能しません。雨は氷を融かします。気温が上昇し過ぎれば、もし海水の蒸発が活発化しても雨にしかならず、負のフィードバックが正のフィードバックに変わってしまうのです。果てしなく反応が加速する正のフィードバックが行き着く先は破綻です。正のフィードバックに気付かず、階段を1段ずつ上るように温暖化は進行していくと思っていたら、いつのまにか手遅れになっていた、なんてことにならないようにしなければならないのです。現に、IPCCのA1シナリオでは1900年を出発点にすると工業化前より平均気温が1℃上昇したのは104年後(2004)、2℃上昇するのはさらに24年後(2028)、3℃上昇するのはさらに24年後(2052)4℃上昇するのはさらに17年後(2069)、となっているのですから。