健康的な生活を送るためには1日につき1人当たり50リットルの水が必要といわれています。これに対し、日本では様々な形で1日で1人当たり250〜350リットル(世界平均は174リットル)の水が消費されています。なので、時々局所的な水不足が発生するものの、日本は水に恵まれているといえます。しかし国連が2000年に発表した統計では世界には安全な飲み水が不足している人が10億人はいるとしています。例えば、中国やケニアの1人当たりの平均水消費量は日本の1割程度です。特に中国ではあの黄河の流れが途切れるようになっています。1年間に黄河から海へ流れ出す水は50年代は450億立方mでしたが、60年代は410億立方m、90年代には120億立方mと4分の1近くまで減っています。1972年4月23日には初の断流が発生。範囲は700kmにもなりました。1997年には1年間で断流が計226日発生しました。原因は農業用水の使用量増大です。しかも農業用水の使用量が増えたので断流が発生、それなら水があるうちに多めに取っておこうと使用量が増え、さらに断流が増えるという悪循環になっています。今では黄河を流れる水の9割が農業に使用されているといわれています。
中央アジアのアラル海は完全に消滅する可能性が出ています。砂漠のような周辺地域で農業を行うため、流れ込む河の水を大量に灌漑用水として取水。結果、、推移は1970年代には平均で年60cm低下。現在では干上がる可能性も出てきています。推移は灌漑用水の取水を止めるだけで回復しますが、それでは農業が不可能になります。なので、解決が困難になっています。また非常に塩分濃度が高いことで有名な死海も同様の問題を抱えています。さらに塩分の濃い死海の水は塩化系の化学肥料製造にも使われていて、水位低下を速くしています。地中海の水を低地にある死海に落とす運河を建設すれば問題は解決します。しかし宗教紛争などが多い場所にあるので、周辺国の協力体制が構築できません。あと、死海産の化学肥料は日本に大量に輸出されていて、日本も無縁ではありません。
また、人由来だけでなく、降水量の減少による水不足も発生しています。中国東部ではここ30年で降水量が半減し、気温が2度上がった地域があります。これは温暖化による水不足とみられ、耕地が140万haから115万haに減少しました。2007年には湖南省が、降水量が平年の75%になったうえ、気温が40℃を超えるという二重の異常気象に見舞われました。河南省では3月から秋までの雨量が7割減となりました。気温上昇で、中国西部でも氷河が5年で7.4%減少し、水不足が慢性的になっています。同じようにヒマラヤの氷河減少も付近や下流の水不足を悪化させています。2100年ごろには関東の積雪量が今の30〜40%にまで落ち込むという予測があり、水不足を増加させそうです。
現在でも国連では世界の大河川500のうち、過半数が渇水や水質汚染の危機にあるとしています。渇水と同じく、水質汚染も進んでいるというわけです。特に世界ではヒ素汚染が広がっています。バングラデシュでは地層中からヒ素が溶け出した井戸が多数あります。一応、危険な井戸には警告のために赤いペンキが塗ってありますが、近くに安全な井戸がないことやヒ素に対する認識の甘さから多くの住民がヒ素入りの井戸水を利用しています。そのせいで1億4000万人の人口のうち、3500万人が中毒の危険にさらされています。他にもネパールで55万人、ベトナムで1000万人、中国貴州省で2万1000人、ミャンマーで75万人、カンボジアで32万人、が中毒の危険にさらされています。
今後の水不足の増加予想は2020年代で数億人、2050年には最大で今より20億人増加すると予測され、この過半数がアジアです。それはある統計によれば、アジアに世界人口の60%が住んでいるのに、アジアには世界で利用可能な水の36%しかないからです。水不足といえばアフリカなど砂漠地帯ばかり思い浮かびますが、日本のあるアジアも常に水不足が起きやすい状態にあるのです。
地球は水の惑星と呼ばれ、全体で14億立方kmの水が存在しています。しかしこの中の97.5%は海水です。また残る2.5%も大部分が両極の氷などが占め、人間が飲料水にできるのは地球全体の0.008%でしかありません。その水がさらに減るとなれば、行き着くのは水の争奪戦です。アメリカでは複数の州を流れる河の水をめぐって対立しているところがあります。下流の州が上流の州にもっと水をまわせと言い、それに対し、上流の州がそれではここの農業に悪影響が出ると主張しているのです。同じようなことは複数の国を流れる河の水についても起きえます。
基本的に水は安いです。この安さが欠点になることがあります。水不足解消の最も分かりやすい方法は水が余っている地域の水を輸送することです。しかしこれは商売としては成り立ちません。輸送する水の価格より輸送コストのほうが高いからです。なので、この方法を実行できるのは政府や慈善団体、奉仕精神に溢れる一部の企業に限られます。だからといって水にコスト相応の価格が付き、ビジネスにできれば良いというわけではありません。南米のある村では外国企業が水源や浄水設備、水道管敷設権を押さえました。外国企業は各家庭の水道整備や水道代にコストに見合う価格を設定。貧困層は代金を支払えず、遠く離れた場所にあったり、汚れた水源を利用しています。抵抗力の弱い子供達は病気になっていきます。もちろん、水道代が支払えない家にとって治療費は重くのしかかってきます。このような状況は安全な水さえあれば防げます。そしてその安全な水はすぐ近くの裕福な家に大量にあります。貧困層の子供達はその家にあるプールなどを見ながら病気に侵されていくわけです。とりあえず、政府は水道管からパイプを引き、勝手に水を取ることを黙認しだしています。外国企業に見つかればどうなるかわかりませんが…
日本は水に恵まれていると書きました。だから海外の水不足は日本には関係ないように思えます。しかしそれは甘い考えです。仮想水という概念を用いれば日本と海外の水の思わぬ関係が浮かび上がります。穀物を1kg生産するには水が1000kg(2000kgという説も)必要で、牛肉1kgを生産するにはその穀物が7〜11kg、豚肉で7kg、鶏肉で4kg必要といわれています。この考えを使うと穀物を1kg輸入することは水を1000kg、牛肉1kgなら水を7000kg〜1万1000kg、豚肉1kgなら7000kg、鶏肉1kgなら4000kgの水を輸入しているも同然ということになります。このような輸入品を作るために海外で使われた水が仮想水(間接水、ヴァーチャルウォーターとも)です。日本は大量の食糧を海外から輸入しています。ということは、日本は膨大な水を輸入しているも同然という事実が浮かび上がりますことです。その仮想水の輸入量は諸説ありますが、少ないものでも年間640億t、多い予想では年1035億tに達します。これは灌漑用水の年間消費量490億tを軽く超えます。また日本の主力輸出品である工業製品という形で海外に出て行く仮想水は130億tといわれているので、超輸入超過でもあります。日本の人口は約1億3000万ですから、一人当たりで見ても年492t(640億t)から796t(1035億t)となります。毎年、日本人はこれだけの水を海外に依存しているのです。さらに身近に考えられるようにするため、品目別で仮想水を計算するとトースト1枚で91kg、コーヒー1杯でも110kg、ビール1杯で130kg、ヨーグルト1つで155kg、卵焼きで183kg、ベーコン1枚で236kg、ご飯1杯で238kg、食パン1斤で500kg〜600kg、ハンバーガー1個で1000kg、牛丼1杯なら1890kg、肉の塊のハンバーグでは4152kg、となります。1kg作るのに水が1000kg必要な穀物をエサにして生産する畜産物が多くの仮想水を含んでいます。
海外で水不足が発生し、仮想水が入ってこなくなると、毎日の食事は精進料理のようになってしまいます。しかも主食はあまり水を必要としないサツマイモです。多くの仮想水を含む食品は食べられなくなります。みそ汁は2日に1杯、牛乳は6日に1杯、卵は1週間に1個、牛肉は9日に100g、となる予想もあります。また食べ物以外にも、ティッシュ1枚で1.9kg、割り箸1膳で7.5kg、Tシャツ1枚で270kg、トイレットペパー1巻で300kg、となっていて、これらも入手困難になる可能性があります。
また発展途上国の農村では現金を得るため、自分達の飲み水を犠牲にして農産物を生産している可能性があります。このような農業はちょっとした環境異変で破綻します。これは海外で起きたちょっとした水不足でも日本に影響を与える可能性があることを意味します。また仮にそのようなギリギリの状況で作られた食料が食べ残しとして捨てられているとしたら、とんでもない話ということになります。今後、海外から輸入された穀物や肉を食べるときは、それに込められた仮想水に思いを巡らせてみて下さい。