スーパーグリッドは単なる送電設備ではなく、ためにくい電気を形を換えて保存し、必要になったときにエネルギーを取り出すことができます。先に、このようなことができる他のモノを紹介します。
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まずはフライホイール(はずみ車)です。フライホイールは磁石やコイルを組み合わせてあり、発電機兼モーターとして働きます。フライホイールに電気を流すとフライホイールが回転し、この回転を利用して発電します。こうすることにより、電気エネルギーを回転エネルギーに換えて保存しておくことができます。回転する部分は密閉された真空中にあるため、空気抵抗で回転エネルギーを失うことはありません。また、1つではなく、2対のフライホイールがそれぞれ逆方向に回転することで、全体を安定させています。
性能については、化学薬品を使用した普通のバッテリーは数百回の充電で使えなくなります。一方、フライホイールは金属疲労で本体が壊れるまで充電でき、その充電可能回数は10万回で、25年使えます。また、溜め込めるエネルギーは同じ重さの普通のバッテリーの3倍以上(将来15倍になる可能性も)となります。
このフライホイール・バッテリーを電気自動車の動力源として使う場合は小型のフライホイール20個程度をコードで接続して搭載します。フライホイール式の電気自動車はガソリンエンジンの自動車より軽量で、二酸化炭素の排出はゼロです。しかも、7秒間で時速100kmまで加速し、1回の充電で500km走行できます。理論上は…
というのも、これだけの性能を発揮させるにはフライホイールを猛烈な速さで回転させる必要があります。そのため、非常に高い強度を持つ素材でなければ、自身の遠心力で砕け散ってしまいます。しかたなく、1950年代は鋼鉄製で直径1.6m、重量1.5t、分速3000回転に抑えたフライホイールをバスに使っていました。巨大なフライホイールなら、低速でも大きなエネルギーを持てるというわけです。
この巨大フライホイールはバス停に止まる度に(約800m間隔)充電する必要があり、実用的ではありませんでした。
しかし、現在は最大で分速20万回転させられる炭素繊維製のフライホイールが登場。実用化できる可能性が出てきています。あと、フライホイールは平常時に充電し、停電時に放電する無停電電源装置にも使えます。
(フライホイールの性能は10年前の本に載っていたものです。よって、現状と異なるかもしれません。)
揚水式発電は電力が余っている夜間などに電気で水をくみ上げておき、電力需要が増大する昼間に落とし、水力発電を行います。電気エネルギーを水の位置エネルギーに換えて保存しておくのです。ただし、取り出せるのはくみ上げ時に消費した電力の7割から8割です。それでも、揚水式発電より安く建設でき、長期間稼動でき、同量の電気エネルギーを保存できる方式がないので、今でも電力の安定供給を考える上で、重要視されています。
スーパーグリッドは送電設備ですが、同時に電気を別のエネルギーに換えて保存する貯蔵設備でもあります。回転エネルギーに換えるフライホイール、水の位置エネルギーに換える揚水式発電に対して、スーパーグリッドは液体水素に換えて保存します。検討されているスーパーグリッドの構造は
内部が直径40cm、側面の幅が3〜8cm、のパイプを絶縁体や断熱素材で保護した直径75cmのパイプです。内部のパイプの側面に電気、中の空洞部に液体水素を流します。
特殊な合金などはある一定以下の温度に冷却すると電気抵抗がほぼゼロになる超伝導と呼ばれる状態になります。スーパーグリッドも−196℃の液体水素に冷やされ、超伝導状態になっています。よって、送電ロスが少なくなり、今と同じ発電量でも、より多くの電気を使用できるようになります。逆にいえば、今より少ない発電量で、同量の電力を消費できます。つまり、それだけ、節電したも同然ということです。もちろん、電気と同時に流されている液体水素も二酸化炭素を出さない燃料として利用できます。
スーパーグリッドの仕組みは1967年にIBMのガーウィンとマティソーが考案しました。その構想は−269℃の液体ヘリウムで冷却したニオブ・スズ金属化合物製の全長1000kmのケーブルを2本1組で建設し、100GWの電気を流すというものでした。当時は、"そう簡単に−269℃に冷却できるか!!"ということで、想像上の産物に過ぎませんでした。
しかし、1986年にもっと高い温度でも超伝導状態になる物質が発見され、液体ヘリウムより扱いやすい液体窒素(−196℃)が使えるようになりました。実際にアメリカでは液体窒素を使用した実験も行われました。また、スーパーグリッドは実用化するのに新理論が必要なく、研究者の頭の中では完成した技術になりつつあります。
スーパーグリッドの利点
送電ロスが少ない→現行方式では平均10%の送電ロスが発生します。これに対して、スーパーグリッドの送電ロスは現行方式の200分の1です。また、送電ロスは電圧が高いほど少なくなります。現在の送電網では100万ボルトが限界ですが、スーパーグリッドはこの限界を超える電圧にも耐えます。送電ロスが少ないと、発電に使う燃料が節約できる上、山間部の水力発電所や風力発電所で発電された電力を都市部で使いやすくなります。
現在よりエネルギーの安定供給が可能に→風力発電は環境に優しいですが、小規模なファームでは発電量が不安定になります。需要が少ないときに良い風が吹き、大量に発電したり、需要が多いときに風が吹かず、発電ができなかったりします。しかし、需要が少ないときに発電した電力で水を電気分解し、水素を作ります。これを液化して、スーパーグリッドに保存しておきます。将来的にはこの水素を燃料電池自動車やそのまま燃料にすることで、余剰電力を有効利用できます。また、需要の大きさに関係なく、原子力発電所をフル稼働させ、余った電力で液体水素を作り保存。保存できた水素のエネルギー分だけ火力発電所の発電量を抑えます。そうすれば、エネルギーを安定供給しつつ、二酸化炭素の削減もできます。
スーパーグリッドの課題
事故・故障時の電流遮断→スーパーグリッドには今までの送電網以上の超高電圧の電流が流れます。事故・故障など突発的なトラブル発生時に速やかに電流を遮断できるか?、という問題があります。水素は非常に軽いので気化して漏れ出してもすぐ空気中を上昇し、地表付近に溜まることはありません。よって、引火する危険は小さいです。
水素の密封→スーパーグリッドを実用化するには建設会社、修理業者などの関係者が水素を安全に取り扱えることが前提になります。これについては、現在でも大量の水素を取り扱っている上(2004年度の日本の工業消費量は1.9億立方メートル)、大事故も発生していないので大丈夫そうです。
コスト→スーパーグリッドを地球規模で整備するには数百兆円の資金が必要です。なので、原理的には完成していても、さらなる技術革新が必要です。
大規模な超伝導送電網は整備コストの都合上、今すぐには無理です。しかし、安価な液体窒素を使用した実験用の建設例は既にあります。2012年に東京電力とNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、横浜市鶴見区変電所内の送電線の内240mを1年間、超伝導ケーブルに置き換える実験を行いました。実験用の送電線には20万kWの電力が流れました。2015年8月6日には、石狩超電導・直流送電システム技研究組合が石狩市の公道下に全長500mの超伝導ケーブルを通し、10万kw(3万世帯分)の電力を送電ロスの少ない直流で流すことに成功しました。
同年中には同じ長さの超伝導ケーブルを使用し、太陽光で発電した200kwの電力をさくらインターネット社のデータセンターの直流で稼動するサーバーに送電する実験を実施。電力を直流で消費すると送電ロスを減らし、さらに交流へ変換する際のロスを無くすことができます。ただし、一般的に使用されているのは交流なので、直流超伝導は大規模消費施設向けの方式と言えます。
将来の整備の進め方については建設開始から10年後に発電所での電気分解と余剰電力の貯蔵を開始し、25年後には各家庭で水素を現在の都市ガスなどと同じ感覚で利用できるようにするという構想があります。やがてはエアロトレインと接続されるかもしれません。そして、何年かかるかは不明ですが、最終的にはスーパーグリッドで大陸同士を結び、ヨーロッパの風力発電所の電力をニューヨークで利用したり、日本で電力不足が発生すればアメリカに分けてもらえるようにするという構想もあります。
スーパーグリッドの終着点と言うか究極の整備例がジェネシス計画です。これは全世界を結ぶスーパーグリッドと世界の砂漠の4%に設置された太陽電池で、世界の必要電力全てを供給するというものです。これが実現すれば人類は無害な無限のエネルギーを手にすることになります。