ケモクラインは淡水と海水など性質の違う水の境界線です。ここに出てくるケモクラインは酸素に満ちた海水と硫化水素に満ちた海水との境界です。魚は海水に溶けた酸素を吸収して生きています。酸素は水温が高くなると水に溶けにくくなります。なので温暖化が進み、海水温が上昇すると海は低酸素状態になっていきます。そしてその低酸素状態は恐ろしい事態を招く可能性があるのです。
深海には火山活動によって硫化水素と熱水の噴出している場所があります。ここにはほとんどの生物にとって有害な硫化水素をエサにする緑色硫黄細菌や紅色硫黄細菌が生息しています。またこれらの細菌が生成した硫酸塩をエサにして硫化水素を生成する硫酸塩還元細菌というのも生息しています。これら三種の細菌は嫌気性生物(酸素中では生きられらない生物)です。なので、酸素に満ちた浅瀬では生きていけません。しかし温暖化により、海が低酸素状態になるとこれらの細菌は徐々に浅瀬に進出してきます。結果、浅瀬でも増殖し、酸素に替わって海は硫化水素に満たされるようになります。ケモクラインが上昇するということです。すると元々浅瀬にいた魚類などは硫化水素によって死滅していきます。さらにケモクラインが上昇し、海面に達するとついに大量絶滅の引き金が引かれます。海面までケモクラインが上昇すると硫化水素は、陸上へと溢れ出していきます。付近にいた陸上生物は硫化水素によって中毒死していきます。そして遥か上空まで噴き上がった硫化水素はオゾン層を破壊していきます。その下には高レベルの放射線が降り注ぐようになります。これによって中毒死しなかった生物も死んでいきます。
このように海面までケモクラインが上昇すると地球は硫化水素地獄兼放射線地獄と化し、大量の生物を絶滅へと追い込みます。
いつ起きていたかを突き止める手がかりは2つです。1つは二酸化炭素濃度です。海面までケモクラインが上昇するのは非常に温暖化が進行した時代で、二酸化炭素濃度が900〜1000ppmという超高濃度になったときです。二酸化炭素濃度が900ppmを超えた時代に大量絶滅が起きていれば、原因として海面までケモクラインが上昇していたと推測することができます。2つ目は硫黄細菌の活動痕跡です。硫黄細菌の活動痕跡が浅瀬で発見されれば、そこまでケモクラインが上昇していたと推測することができます。
例えばペルム紀(2億9000万年前から2億5100万年前)の末期には三葉虫など全生物種の90%から95%、海洋生物の96%が絶滅するという史上最大の大量絶滅が起きています。原因としては、大規模な火山噴火が続発し、放出された温室効果ガスによる温暖化、さらにはその温暖化によるメタンハイドレート崩壊が
考えられています。しかし硫黄細菌の活動痕跡も発見されているため、その大量増殖による硫化水素地獄も候補に上がっています。温暖化が進めば、海が低酸素状態になり、大量のメタンは酸素と化学反応を起こし、二酸化炭素になるときに酸素を消費します。なので、実際には全てが絡み合って当時の生物を襲った可能性が高いです。
二酸化炭素濃度も2億5100万年前に900ppmとケモクライン上昇が起きるレベルに達しています。
人類文明がケモクライン上昇による硫化水素地獄に襲われる時期ですが、二酸化炭素濃度の上昇が現在のままだとすると来世期末になります。ただ二酸化炭素濃度はIPCCの最悪のシナリオだと今世紀末には940ppmになります。もちろん、最悪のシナリオだとそれまでに地球は悲惨なことになっているでしょう。そしてそのトドメとして硫化水素地獄が襲ってくるかもしれません。そこまで追い込まれないように人類は温室効果ガスを削減しなくてはなりません。